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糸をほぐす

頭の中のからまった糸をほぐすように、文章を書いています。

『刑事フォイル 戦争の犠牲者』

 『刑事フォイル 戦争の犠牲者』の感想を書いています。第4シリーズパート2の2話目(NHK BSプレミアムでは2017年1月22日、1月29日放送分)です。

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あらすじ

<前編>

1943年3月。フォイルのもとに、かつて親しかった上官の娘が子どもを連れて現れる。彼女はとても困っている様子だった。一方、ヘイスティングズでは、沿岸部での破壊工作と違法賭博が横行。ミルナーが潜入捜査をしていた賭場で、二人の若い兄弟が大金を使っていたことにミルナーは疑問を抱く。町外れの研究所では、ある研究が秘密裏に行われていた。

<後編>

殺された男は研究所で働くイブリンの夫だった。教授のタウンゼンドは研究を優先させてほしいと、フォイルに殺人の捜査をやめるよう迫る。フランクとテリーの兄弟は、タウンゼンドたちが遺体を森に隠すところを目撃。これをネタに、タウンゼンドから大金を脅し取ろうとする。サムは森にピクニックにでかけたところ、爆発に巻き込まれる。

NHK 海外ドラマHP 『刑事フォイル』これまでのあらすじ より

 

感想

3つの犯罪が交差します。破壊工作、違法賭博、銃による殺人。フォイルは、犯罪者には法による相当の罰を与えるべきという正義を貫こうとします。

フォイルが正義を貫こうとすると、必ず上司と対立します。警視監パーキンスは、フォイルはよく働くが反抗的、君の代わりはいくらでもいると言い放ちます。

フォイルの正義と、戦争に勝つという目的との対立。戦争に勝つためには、法を曲げ、容認してもいい罪があるのか。このドラマで何度も問われてきたことです。見ごたえのある話でした。

 

フォイルが捜査している破壊工作は、スペインの大使館付きの身分のデ・ペレスが、家に盗みに入ったフランクとテリーの兄弟を脅してさせていました。2人は、賭場でミルナーが出会った若い兄弟でした。フランクとテリーの父親は戦地へ行っているため不在、母親はすでに亡くなっていて、デ・ペレスの言いなりになるしかありませんでした。

デ・ペレスは、フランクに爆弾を渡し、町外れの研究所を爆破するよう指示します。この研究所では、イギリスがドイツに勝つために必要とされるある装置の研究を極秘で進めており、フォイルの知り合いのタウンゼンドもここで働いていました。研究所の下見に行ったフランクとテリーは、タウンゼンドらが死体を運んでいるところを偶然見てしまいます。2人はこれをネタにタウンゼンドを脅して大金をせしめ、ヘイスティングズから出ることでデ・ペレスから逃れようとします。生活するためにお金を手に入れなければならず、そのためには犯罪に手を出すしかない2人も、戦争の犠牲者なのです。

フランクとテリーが見た死体は、研究所の秘書として働くイヴリンの夫リチャーズでした。イヴリンは、研究所の装置を壊そうとしたリチャーズを、装置を守るために仕方なく銃で撃ったと告白しました。しかし、フォイルはその裏にある真実に気づきます。

フランクとテリーに破壊工作を指示していたデ・ペレスはスペイン人です。スペインは1939年に中立を宣言したものの、裏でドイツに協力していました。デ・ペレスの破壊工作も、イギリスの軍事力を弱めようという意図でなされものです。しかし、デ・ペレスに対しては、治外法権のために手が出せません。

一方、フォイルの家を突然訪れてきたかつての上官の娘リディア。彼女は誰も頼れる人がなく、息子のジェームズは空襲を受けて以来言葉を話さなくなり、精神的、経済的に追い詰められ、ある日姿を消してしまいます。

リディアがいない間、フォイルはサムにジェームズの面倒を頼みます。サムがジェームズに読む絵本もパズルも戦争に関するもの。空襲でショックを受けているジェームズを気遣い、サムはおもちゃ屋で戦争に関係ないものを探しますが見つかりません。すべてが戦争に染められていきます。戦争とは国がかかる熱病のようなものなのでしょうか。

 

フォイルは、パーキンスの元を訪れ、デ・ペレスの状況について尋ねますが、逮捕することはできないとわかっただけでした。

  「罪を償わない人間ばかり。」

 パーキンスにリチャーズ殺害の真実を告げ、その証拠があると言っても、パーキンスは

「それでは不足だ」

と動きません。

「不足。私にはもう十分です。」

 フォイルが最終的に警察を去る決断を下したのは、この瞬間だったのではないでしょうか。パーキンスの反応次第では、警察に残ったのかもしれません。

「もう飽き飽きしました。戦争に勝つためという言い訳にも、少年たちを脅して破壊工作をさせた男には手を出せないのに、親が近くにいないゆえに道を踏み外したまだ若い兄弟には数年の重労働を課すとか、部下が見ている前で私を怒鳴りつける警視監にも。ええ、もう十分ですよ。」

フォイルにしては長いセリフからも、鬱積した気持ちが推し量れます。

フォイルはパーキンスの机に辞表を置き、パーキンスが引き留めるのも聞かずに部屋から出て行きます。

フォイルの辞表には、その無力感が表れていました。

「前にも申し上げましたが、戦争中に法を守るのはほぼ不可能です。その任務を遂行する能力がない以上、本官が現在の地位にとどまるのは無意味だとの結論に至りました。」

どうしても正義を貫けないと感じたフォイルの決断は、仕方ないのかもしれません。 フォイルの決断を聞いたサムとミルナーの表情が切ないです。

 

 

『刑事フォイル』について書いた記事 

 


 

 

 

umisoma.hatenablog.com

 

 

 

 

『カルテット』STORY1、2、3 一筋縄ではいかない大人たち


このドラマについてあちこちで「万人受けする作品ではない、でもおもしろい」と書かれているのを見る。私もそう思う。

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松たか子さん(巻真紀)、満島ひかりさん(世吹すずめ)、高橋一生さん(家森諭高)、松田龍平さん(別府司)。この役者さんたちがそろうというだけで、見よう!と思った。会話劇というのは、演じる役者さんによって出来が左右されてしまうものだけれど、4人で会話する場面はエチュード(即興劇)なんじゃないかと思うほど、台本のセリフを言ってるなという感じがしない。

 

 偶然カラオケボックスで出会った4人は(実は偶然ではなかったと第2回でわかった)、カルテットを組むことに。4人は軽井沢にある別荘で共同生活を送る。

そして4人の秘密が少しずつもれていく。

1話では真紀さんが夫の失踪を白状した。

2話では別府くんがカラオケでの出会いは偶然ではないと真紀さんに思いを告白した。

別府くんと同僚の九條さんが、明け方のベランダでサッポロ一番を食べるシーンが好きだった。結婚が決まってるけど好きだから別府くんと寝た、でもそういうのは今日だけのこと、と言う九條さん。好きだけど、ある時点を過ぎて過去のものになってしまう恋愛というのは、あるよなあ。

2話ではいくつかの対比の表現があって、上と下、左と右、言葉と気持ち、など。その中に秘密を追う側と秘密を追われる側というのがあって、追うのがすずめちゃん、追われるのが真紀さん、だとすずめちゃんは思っていた。そうじゃなかったのかもしれない、とすずめちゃんが気づいたのが2話の最後。

3話では、ついに追う側と追われる側は逆転する。すずめちゃんの過去が真紀さんにばれる。

 子どもの頃の隠しておきたい過去は、しかも親に言われてやっていたことなのに、逃げても逃げても追いかけきて、どこにも安住することができない。すずめちゃんの秘密に追いついた真紀さんは、逃げようとするすずめちゃんの手を握る。もう逃げなくていいのだと。

『湯を沸かすほど熱い愛』を見たときにも思ったけれど、家族に必要なのは血のつながりではなくて(そもそも夫婦は血がつながっていないことがほとんどだし)、お互いに求める力ではなく与える力の中に入っているということだと思う。父親に対してすでに与えようという気持ちがないすずめちゃんにとっては、父親はすでに家族ではなくなってしまった。

自分の体と同じくらいの大きさのチェロを背負って歩くすずめちゃんにとって、チェロはもうひとりの自分であり、唯一の家族だった。ようやく、チェロの他にも家族と言える人たちに出会えたんだ。  

秘密。

ある程度の年数を生きていれば、人に言えない、言いたくないことは誰でもあるだろう。一筋縄ではいかない、秘密を抱えた4人。

ふと思ったんだけど、一筋縄でいく大人って存在するのだろうか(自分で「一筋縄でいかない大人」と書いておいてなんだけど)。ときどき出会う「昔は世の中を斜に見てる子だったんだ」と言う人に対して、世の中を正面からだけ見ているような子どもがいるだろうかと思うのと同じくらいに疑問に思った。

人とのつきあいが難しいのは、相手の感情や思考のごくごく一部だけしか見えないのに、見えないまたは見せない部分の感情や思考も考えて、相手に接しなければいけないから。人の中には大きくて深い空間があって、そこに考えられないくらい多くの感情や思考が詰め込まれている。それはまるでブラックホールのようだなと思う。みんながみんな、ブラックホールを抱えて、それでも平気な顔して外を歩いている。街はブラックホールであふれている。

 もしも誰かのブラックホールにうっかり足を踏み入れてしまったら、元の場所に戻ってこられるんだろうか。巨大なドーナツの穴に落ちたときのように、穴を抜けて出られる空間は、落ちる前と同じ空間なんだろうか。アリスが落ちた穴のように、別の世界へ行ってしまうだろうか。

 

「告白は、子供がするものですよ。大人は誘惑してください。」

それが一般的な恋のルールなのか私はわからないけれど、冬に食べるアイスはおいしいよね。

 

 

『カルテット』について書いた記事 

 

 

 

 

umisoma.hatenablog.com

 

 

 

 

 

『クイーン・メアリー』 メアリーの義母 希代の悪女カトリーヌ・ド・メディチについて


NHK BSプレミアムで放送中の『クイーン・メアリー』は17話まで終了。メアリーの女官たちローラ、ケナ、グリアの結婚やスコットランド女王の自覚に目覚めたメアリーが今後どんな決断を下していくかも気になるけれど、フランス王妃カトリーヌ・ド・メディチの悪女ぶりがやはり気になる。

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(画像はNHKクイーン・メアリーHPより)

歴史に名を残す悪女は多くいるとは言っても、「希代の悪女」と冠せられる女はそう多くない。『クイーン・メアリー』でのカトリーヌは、豊富な人脈と毒薬を使い、目的のためなら他人の、そして自分の血を流すことも厭わない。そんなカトリーヌの悪女ぶりを調べてみた。

 

カトリーヌとアンリ2世の結婚

カトリーヌは、フィレンツェを支配した一族メディチ家の一員。メディチ家フィレンツェを拠点に金融業で財を成した。カトリーヌがアンリ2世と結婚したとき、夫には20歳年上の愛人ディアーヌ・ド・ポワティエがいた。

アンリが20歳の頃から愛人関係だったディアーヌは、年をとっても美貌が衰えない絶世の美女。一方カトリーヌは特に美しくなく、アンリはカトリーヌに見向きもしなかった。28歳で国王に即位したアンリは、即位式にディアーヌのイニシャルと紋章を縫い取った式服でのぞんだ。即位記念には高価な宝石類や城などを贈られたディアーヌに比べ、王室費が与えられただけのカトリーヌ。アンリからの愛情の差は歴然だった。

結婚から10年間子どもが生まれなかったことで一時は離婚危機ともなり、肩身の狭い思いをしていたカトリーヌだが、子どもが生まれてもその養育はディアーヌに任され、耐え忍ぶことばかりの結婚生活だっただろう。そのことが、自分の地位と大事な子供たちを守るために手段を選ばず、毒殺や暗殺を繰り返す冷徹な性格を助長したのかもしれない。

 

カトリーヌと毒薬

悪女と毒は相性がいい。ローマの暴君ネロの母で悪女として知られるアグリッピナも毒薬使いだったし、クレオパトラが蛇の毒で自殺したのは有名な話。

カトリーヌも毒薬使いだった。故郷イタリアは毒薬製造が発達していて、カトリーヌは結婚するときに、毒薬製造業者や占星術師や香料士を大勢連れてきたと言われている。

アンリ2世の即位についてもカトリーヌに絡む不穏な噂があった。アンリはフランス王フランソワ1世の次男でもともと王位継承者ではなかったが、兄が若くして変死したことで王位を継承した。この変死はカトリーヌが毒薬を使ったのではないかと囁かれた。

カトリーヌは手紙や手袋に毒をしみこませて相手を死に追いやったりもしたらしく、なんとも恐ろしい。『クイーン・メアリー』でカトリーヌは怪しげな薬瓶を部屋にたくさん置いていて、毒殺という手段をよく使っている。あれはドラマなので少し盛っているんじゃないのと思っていたのだけれど、もしかするとそうでもないのかも。

 

カトリーヌと誘惑部隊

『クイーン・メアリー』17話で登場した誘惑部隊は本当にあったらしい。

誘惑部隊とは、有力者を誘惑してベッドの中で諜報活動を行う一団のこと。カトリーヌは彼女らを使って政治機密をいち早くつかんでいた。

 

サン・バルテルミの虐殺(1572年)

カトリーヌが希代の悪女と言われるようになった最大の原因。

当時のフランスは新教と旧教(カトリック)が対立していた。この内乱状態はユグノー戦争(「ユグノー」はカルヴァン派に対するカトリック側からの侮蔑的な呼び方)と呼ばれ、1562年から1598年まで続いた。

フランス宮廷のヴァロワ家はカトリック(旧教)、敵対するユグノーの盟主はナヴァル公アンリ(後のフランス国王アンリ4世)だった。カトリーヌは、国内の旧教派と新教派を共存させようと、娘のマルグリット・ド・ヴァロワ(マルゴ)とナヴァル公アンリを結婚させることにした。結婚式に出席するため、新旧両派のフランスの貴族たちがパリに集まっていたところ、ユグノー派の中心的人物コリニー提督が狙撃され負傷する事件が起こった。

この狙撃はカトリーヌがかんでいた。息子シャルルがコリニーと親しくしており、ともにフランドル遠征を計画していたのだが、シャルルはカトリーヌにはその計画を話していなかった。カトリーヌがコリニー暗殺を決めたのは、息子を取られた思いから来る嫉妬だったのだろうか。

コリニーは一命をとりとめたが、2日後の深夜、寝込みを襲われ暗殺された。パリでは旧教徒が新教徒を多数殺害し、通りは新教徒の死体で埋った。暴動は地方にまで広がった。虐殺を主導したのはカトリーヌだと言われている。シャルルは、良心の呵責にさいなまれ、事件の2年後に亡くなった(カトリーヌに毒殺されたとも言われている)。

サン・バルテルミの事件以降、フランスの新旧両派の対立は激化した。

ユグノー戦争の終結は、シャルルの後王位についたアンリ3世が暗殺され(1589年)、ヴァロワ家が断絶した後、アンリ4世が王位についてブルボン朝を開いてからのこと。アンリ4世カトリックに改宗し、1598年にナントの王令を発布した。これは、新教徒に対し条件付きで信仰の自由を認めたものであり、ようやくユグノー戦争は終結した。

カトリーヌはその9年前に亡くなっている。

 

メアリーの故郷スコットランドの宗教対立については過去記事で書いています。

umisoma.hatenablog.com

 悪女カトリーヌ・ド・メディチ

 こうして見てみると、毒薬に色仕掛けに虐殺と、悪女の条件をそろえたカトリーヌ。『クイーン・メアリー』でのメアリーに対する仕打ちは相当ひどいけれど、大事なものを守るためなら自分の身を顧みない潔さや、何事にも動じない心臓の強さを持ってる彼女が私はちょっとうらやましくもあって、憎めないキャラクターなんだよな。

 

<参考文献>

世界悪女物語 (河出文庫 121B)

世界悪女物語 (河出文庫 121B)

 

  「世界悪女物語」 澁澤龍彦著 河出書房新社

メアリー・スチュアートエリザベス女王についての章もあります。澁澤龍彦氏だけあって、背徳の美が漂う。「物語」と題されているとおり、小説として読めます。

  

世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち (文春文庫)

世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち (文春文庫)

 

 世界悪女大全-淫乱で残虐で強欲な美人たち」 桐生操著 文春文庫

こちらもメアリー・スチュアートについての記述あり。カトリーヌの娘で淫乱な悪女として知られる王妃マルゴについても書かれています。母とはまた違うタイプの悪女なのね。

 

 

『湯を沸かすほどの熱い愛』を見て

『湯を沸かすほどの熱い愛』2016年 日本 脚本・監督:中野量太

ネタバレしないように書きます。

 

2017年1月13日、第40回日本アカデミー賞の各部門賞が発表され、『湯を沸かすほどの熱い愛』は優秀作品賞(最優秀賞の発表は2017年3月3日)、中野量太監督は優秀監督賞、主演の宮沢りえさんは優秀主演女優賞、杉咲花さんは優秀助演女優賞と新人俳優賞に選ばれた。

 その影響もあったのか、私が見に行ったときは平日なのにほぼ満員だった。

あらすじをものすごく大まかにまとめると、余命数か月と宣告された母の双葉(宮沢りえ)が、家出した夫の一浩(オダギリジョー)を連れ戻し、娘の安澄(杉咲花)の根性をたたき直し、夫がいなくなったことで休業していた家業である銭湯の営業を再開して、家族を再生していく話。

さんざん感動と言う予告はあまり好きではなかったし、これまで見た病気ものの映画のように泣かせにくるんだろうと予想していたのだけど、予想外のところを突かれて泣いてしまう。最後にわかるタイトルの意味も嫌いじゃない。

話のつくりは全体的に漫画チック。ちょっと現実離れした展開がところどころあり「いやそれはないでしょ」と心の中で突っ込みを入れた。重いテーマをシリアスにし過ぎないという意図なら成功している。

シリアスな部分と漫画チックな部分のバランスが取れている最も大きな要素は、宮沢りえさんの演技だと思う。とにかく、宮沢りえさんが本当に良い。その存在感で、全ての要素がおさまるべきところにおさまっている。宮沢りえさんがあってのこの映画の完成度だと思う。

娘役の杉咲花さんもよかった。上手なことはわかっていてもやはり上手だと思うし、とても伝わってくるものがある。「体当たりの演技」とはこういうのをいうのだなあ。特に病室での感情を抑える演技は秀逸。

もう1人印象に残った俳優さんを挙げるならオダギリジョーさん。もはやダメ男が板についている。わざとらしくなく、適度に力が抜けていて、しょうもない人なのにどうしても憎めない空気感がある。ダメ男以外の欠点はなく(という言い方もおかしいけど)、こんな人だから双葉は好きになってしまったんだよねと納得できる。

 

双葉は仕事中に突然倒れて病院で診察を受け、自分の余命を知る。もちろんショックを受けるけれど、自分はやるべきことがあると気づいてからの気持ちの切り替えがすごい。延命のために生きる意味を見失いたくないと延命治療はしない。「生きる意味」はこのときの双葉には明確で、家族のことだ。

 

なんとなく、よしもとばななさんの『アムリタ』を思い出した。『アムリタ』にもちょっと複雑な家族が出てくる。その中のセリフに

「ある種の愛が家庭を存続させるのに必要、なのよ。愛ってね、形や言葉ではなく、ある1つの状態なの。発散する力のあり方なの。求める力じゃなくて、与える方の力を全員が出してないとだめ。」

 双葉は、家族全員が与える方の力を出せるようにしていく。家族とは、血縁と関係なく、お互いに与える力の中に入っている集合体なのかもしれない。与える力が相手に届かなかったり、与える気持ちがなかったりすれば、家族からは外れていくのかもしれない。

それはこの映画に出てくる何組かの母と娘にもあてはまる。深くなる母と娘の関係、崩れてしまう関係、新しく築いていく関係、修復できない関係。うまくいく関係だけではないのは残酷な現実。

 

この映画は、死にゆく人がやるべきことをやる話、とか残される人たちが自分の居場所を見つける話、とか母と娘の関係を描いた話、とかいろんな見方ができると思うけれど、私は見ている途中から、これはロードムービーなんだと思った。いつか必ず終わる人生という旅で、嬉しいことも悲しいこともあって、出会う人も別れる人もいて、その旅をどう終わらせるのかを描いた話だと。

死を「旅立ち」と表現することがあるけれど、旅立っていくのは生きている安澄たちの方だ。死んでいく双葉の旅は終わり、生き続ける安澄たちは旅を続けなければならない。双葉が余命宣告を受けてからしてきたことは、大事な人たちに対するはなむけの言葉だったのだと思う。

 

  

 ★『アムリタ』 吉本ばなな著 新潮文庫

 主人公の朔美は、母、腹違いの弟、母の友人、従妹の5人で暮らす。記事の中で紹介したセリフは、母の友人純子さんの言葉。

家族、生と死、オカルト、等ばななさんのテーマがこれでもかと詰め込まれている作品。小説の出来というところからすればもっと完成されたばなな作品もあると思うのだけど、私にとって『アムリタ』は、疲れたときに読みたくなる大切な本です。

『刑事フォイル クリスマスの足音』

2018年1月8日(日)から『刑事フォイル』の新シーズンが始まりました。

このドラマは全部で第8シリーズまでありますが、前シーズンの放送が第4シリーズのパート1までというきりの悪いところで終わってしまい、続きが放送されるのを待っていました。

 

『刑事フォイル』の魅力

第二次世界大戦下のイギリスが舞台です。戦争を描いたドラマと言っても、主人公のフォイルはイングランドヘイスティングス署の警視正という役柄で、戦地に出るわけではありません。しかし戦争の影響は警察の仕事にも及んできます。

正義の定義を揺るがす大きな犯罪とも言える戦争の中、個人の犯す犯罪に対しフォイルがどのように自分の正義を貫くのか。そこが1番の見どころです。私が今まで出会った人や見た映画、ドラマ、読んだ本などの登場人物の中でも、フォイルは1番の理想の上司です。こんな人の下で働きたいと思ってしまいます。

フォイルの部下で運転手のサムのキャラクターも魅力。意外と機転が利いてカンがよく、彼女の言葉がフォイルの捜査のヒントになることもあります。明るくて裏表のない性格はまわりの人たちをなごませます。サムの今後の恋愛にも注目しています。

戦争に関連する事件、または関連なく起こる事件、それらを引き起こす人の感情が丁寧に描かれていて心に響きます。戦時下で個人の犯罪が軽視される状況など考えさせられることも多いです。よく練られた脚本の見ごたえのあるドラマです。

 

クリスマスの足音 あらすじ

<前編>

1942年12月。弾薬工場で働く女性が爆発事故を起こし死亡する。同僚が彼女の死を不審に思い警察署を訪ねてきたため、フォイルは捜査に乗り出す。一方、ミルナーのもとに別居中の妻ジェーンが突然現れ、もう一度やり直したいと迫る。しかし、ミルナーには付き合っている女性がいた。

<後編>

ミルナーの別居中の妻ジェーンが殺害され、ミルナーが容疑者として浮上する。二人が激しく口論する様子を目撃されていたのだ。ジェーンの血がついたシャツもミルナーの自宅から発見され、窮地に追い込まれる。弾薬工場での爆発事故を捜査するフォイルは、女性の死の真相を探ると同時に、自分の部下が容疑者となってしまった殺人事件を抱えることに。

 NHK BSプレミアム海外ドラマHP 『刑事フォイル』これまでのあらすじ より

 

 感想

印象的だったのは、ミルナーに不利な証拠が次々と出てきても、「ミルナーは殺人などしていない」というフォイルのミルナーへの信頼です。部下だからと言って特別扱いはせず、淡々と捜査を進めますが、フォイルの言葉でその信頼がわかります。

ミルナーの恋人イーディスが、ミルナーを心配するあまりフォイルの家に押しかけ

「彼(ミルナー)がやったとお思いなのね」

と聞いた時、

「思ってない。それは君でしょう」

と答えたフォイル。ミルナーに対する信頼がなければ、この言葉は言えないと思います。イーディスはフォイルに言われるまで、「自分はミルナーが殺人を犯したと思っている」という自覚はなかったんじゃないでしょうか。フォイルの人を見抜く目の鋭さがわかります。

全体としては、人の善意と悪意がからむ話でした。

ちょっとした悪意が大ごとにつながって引っ込みがつかなくなり、人を死に追いやる可能性を生んだり、また悲しむ人に対して何かしたいという善意を利用して、私腹を肥やそうとする人もいました。

やるせない出来事が詰め込まれた回でしたが、サムの明るさに救われます。押収した証拠物件の七面鳥がどうしても気になるサムは、証拠保管室を何度ものぞいてしまいます。食糧事情が悪化していても、クリスマスは近づいてきます。サムいわく「わびしいクリスマス」。あの七面鳥があったらと思っても証拠なので食べることはできず、少しずつ腐っていくのをただ見ているだけなんて。この七面鳥問題も最後にフォイルが解決します。いつもながらさすがです。

 

 

『刑事フォイル』について書いた記事

  


 


 

 

 

「クイーン・メアリー」時代のスコットランドの情勢と宗教


海外ドラマ「クイーン・メアリー」(NHK BSプレミアムで水曜夜11時15分放送)がおもしろい。主人公のメアリーは、スコットランド女王メアリー・スチュアート(1542~87、在位1542~67)がモデル。アメリカで作られただけあってBGMの入れ方はよくある学園ドラマみたいだし、歴史ものにしてはキラキラしすぎと言えなくもない。まあそれでもいい。彼女たちが身に着けるドレスやジュエリーを見るのも楽しいから。それも当然で、そうそうたるブランドがコスチュームを担当している。


ドラマを見ていると「イングランドの脅威」や「プロテスタント化」などの言葉が出てきて、この時代のスコットランドの状況がどんな感じだったのか気になり、本を読んでみた。せっかくなので少しまとめてみようと思う。このドラマを見ている方やこれから見ようと思っている方にとって、ドラマをより理解する助けになれば幸いです。 

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現在のスコットランドの地図(赤枠内)。メアリーの時代には、スコットランドイングランドの国境地域は、絶え間ない紛争が続いていた。

 

クイーン・メアリー誕生の頃のスコットランドの情勢

現在ではスコットランドはイギリスの一部(2014年9月にスコットランド独立住民投票が行われたが、反対多数で否決された)だが、スコットランドイングランドが合併してからまだ300年ほどしか経っていない。

15世紀頃まで、スコットランドイングランドに臣従する立場だった。スコットランドがその独立を確実にしたのは、イングランドとフランスとの間で始まった百年戦争(1339~1453、ジャンヌ・ダルクが活躍したことで知られる)で、イングランドがフランスに集中せざるを得なかったことが大きい。百年戦争終結後すぐ、イングランドではバラ戦争(1455~85)と呼ばれる内戦が始まり、この間にスコットランド王は国内の地域で支配力を強めていった。

 その後しばらく平和が続いたが、イングランドでヘンリ8世が王位を継承すると、イングランドは再びフランスとの戦争に進み、フランスは「古い同盟」(12世紀にスコットランドとフランスの間で結ばれた同盟)に基づきスコットランドに援助を求めた。スコットランドはそれに応えるが、イングランドに大敗を喫し、大きな損失を被った。スコットランドは、ブリテン島でのフランスの身代わりとされたと言える。

 スコットランドでは親フランス派と親イングランド派が対立し混乱する。1528年、ようやくスコットランド王ジェイムズ5世(メアリー・スチュアートの父)が政権を握り全権を掌握する。ジェイムズ5世は熱心なカトリック信者であり、彼の妃マリー・ド・ギーズもフランスの貴族ギーズ家の出身のカトリック信者であった。スコットランド王とフランスとは、姻戚関係と宗教から結びつきが強化された。

1542年、イングランドとの戦争で敗北した後ジェイムズ5世が30歳の若さで亡くなると、娘のメアリー・スチュアートが生後6日でスコットランド女王となり、マリー・ド・ギーズが摂政となった。マリー・ド・ギーズはメアリーをフランス王太子フランソワと婚約させ、彼女が6歳のときにフランスへ送り出した。スコットランド領土を持ち、イングランド王家の血を引き王位継承権も持つメアリーを、国王アンリ2世のフランスは暖かく迎えた。

1558年に16歳のメアリーはフランソワと結婚。同じ年にイングランドでは、プロテスタントエリザベス1世が即位している。

 

スコットランド宗教改革

1540年~50年代、スコットランドでも宗教改革が進められた。

宗教改革 16世紀のカトリック世界でおこった、信仰と教会制度上の大変革。ドイツから始まり、スイス・イギリスなどで展開されたが、国や地域によりその展開や内容は異なった。以降、改革派が新教、カトリック派が旧教と呼ばれる。

新教 プロテスタントとも呼ばれる。

「世界史用語集」全国歴史協会研究協議会編 山川出版社 より

 ヨーロッパ大陸での[宗教改革の]進展の影響や、スコットランドにおけるローマ・カトリック教会の横暴への反発、また場合によってはフランスとの同盟への公然たる反対により、とりわけローランドのスコットランド人の多くが宗教改革を支持した。

スコットランドの歴史」リチャード・キレーン著 彩流社 より 

スコットランド宗教改革で中心的存在となったジョン・ノックス(1513/15~72)は、カトリックプロテスタントとの争いの中捕らえられて2年間ガレー船の漕ぎ手として服役した後イングランドへ渡り、1559年、スコットランドへ戻ってきた。

ノックスはスコットランドに帰国後、宗教改革を推し進めた。「クイーン・メアリー」でもマリー・ド・ギーズが「国全体が急速にプロテスタント化してる」と話すシーンがあるが、この時期のスコットランドの様子を表していると思われる。

宗教改革の指導派にとって、宗教改革は腐敗した教会の変革とともに、財産上の利益を得られる機会でもあった。

会衆指導派は忠実なプロテスタントであったかもしれないが、同時に彼らは別の大きな機会をも、うかがっていた。彼らは、イングランドの土地所有者が一世代前に経験していたのと同様に、修道院の解散から利益を得られると考えたので、この修道院破壊を大いに歓迎した。けれども、そのような行為は、王権とその支援国フランスに戦争を宣言するも同然であった。内戦には、イングランドとフランスの介入を招くおそれがあった。

スコットランドの歴史」リチャード・キレーン著 彩流社 より 

このタイミングで、マリー・ド・ギーズが亡くなり、イングランド、フランスともにスコットランドから手を引いた。1560年、ここにスコットランド宗教改革は成立し、プロテスタント国であると正式に宣言した。

同じ1560年、メアリーは母に続いて夫であるフランス王フランソワも亡くし、1561年、未亡人となっていたメアリーは19歳のときスコットランドへ戻った。

 幼い時期をフランスで過ごしたメアリーは、敬虔なカトリック信者だった。このことが、すでにプロテスタント国となっていたスコットランドの統治を難しくしたことの一因だろう。

 

メアリーとそのまわりの人々

メアリーはスコットランドに戻ってからも、2度の結婚、退位、イングランドへの逃亡、幽閉、そして 処刑されるまで波乱万丈の人生を送る。こうして調べてみると、今までも何度も映像化、小説化されるだけの魅力ある人物だったのだと思う。

フランソワは、実際は小柄で病弱だったらしい。ドラマでは長身のイケメンで刀も弓も使いこなし、ひ弱で発育不良の噂があるという設定。そういう解釈もありかなと思って楽しんでいる。

バッシュが実在した記録は残っていない。後世に残されなかった事実があったとして強引な解釈をしてもまあいいじゃないのと思って見ているけれど、歴史ものとしてはこの辺で作品の好き嫌いが分かれるところかも。

最近気になるのは、歴史に名を残した悪女カトリーヌ・ド・メディチ(フランソワの母)。ドラマの中でも悪女ぶりは健在。シーズン1の放送が終わる前に、彼女のことを調べてブログに書いておきたいと思っている。

 

<2017.1.30追記>

カトリーヌ・ド・メディチについての記事を追加しました。


<参考文献> 

世界史用語集

世界史用語集

 

  「世界史用語集」全国歴史教育研究協議会 山川出版社

 

図説 スコットランドの歴史

図説 スコットランドの歴史

 

  「図説スコットランドの歴史」リチャードキレーン 彩流社

 

図説 スコットランド (ふくろうの本)

図説 スコットランド (ふくろうの本)

 

「 図説スコットランド」佐藤猛郎、岩田託子、富田理恵  河出書房新社

 

メリー・スチュアート (ツヴァイク伝記文学コレクション5)

メリー・スチュアート (ツヴァイク伝記文学コレクション5)

 

  「メリー・スチュアート」ツヴァイク みすず書房

 

 

「よかった」と「げんなり」で始まった2017年

あけましておめでとうございます。

このブログも1か月とちょっと続けて、それほど多い数ではないですが、毎日どなたかがのぞいてくれているようです。どのくらいのペースで更新できるかはわかりませんが、とりあえず今年1年はこのブログを続けていきたいと思っています。今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

お正月は実家で迎えました。

家族と住んでいた年数と一人暮らしをしている年数がほぼ同じになってしまった今では、1人で生活している方が楽なので、可愛い甥っ子姪っ子たちと一緒に遊ぶという目的がなければあまり実家には寄り付きません。

今年のお正月は、6年くらい音信不通だった身内が突然実家に来て、7、8年ぶりに再会することができました。身内とはいえそれだけ間があいてしまうと、よくわからない緊張感が漂う再会となりましたが、でもやはり会えてよかった。

ただ、身内は婚約者と一緒だったので、そのとばっちりで最近はあまり言われなかった「海ちゃんもいい人がいればねえ」をさんざん言われ、げんなりしました。事前にこの記事を読んではいたのですが。

ぶっとんでいるレベルまではいかなくてもそこそこの近況報告は用意していたのですが、何を言っても「だからいい人がいればねえ」につなげられ、なす術もなく。 

これ以上毒が強くなるなら、今度は私が音信不通になりそうだわ。

 

それはともかく、2017年にやりたいこと(はてなブログ今週のお題です)。

1、英語の勉強をしよう

前からしているんですけれど、なかなか継続できていません。もちろん結果にもつながっていません。本当に、今年こそです。

2、世界史の勉強をしよう

去年から少しずつやっています。継続します。

3、Kindleデビュー

紙の本が好きなので使うことはないと思っていましたが、省スペースはやはり魅力だなと。手元に残したい小説は紙の本、それ以外の小説や新書などはKindleにしようかなと今のところ思っています。

 それから、まだ試行錯誤の状態のこのブログ、もう少し形にしていけたらと思っています。あと何か月か続いたら、「ブログを書くということ」について思うことなど書いてみたいです。