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糸をほぐす

頭の中のからまった糸をほぐすように、文章を書いています。

『クイーン・メアリー』 メアリーの義母 希代の悪女カトリーヌ・ド・メディチについて


NHK BSプレミアムで放送中の『クイーン・メアリー』は17話まで終了。メアリーの女官たちローラ、ケナ、グリアの結婚やスコットランド女王の自覚に目覚めたメアリーが今後どんな決断を下していくかも気になるけれど、フランス王妃カトリーヌ・ド・メディチの悪女ぶりがやはり気になる。

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(画像はNHKクイーン・メアリーHPより)

歴史に名を残す悪女は多くいるとは言っても、「希代の悪女」と冠せられる女はそう多くない。『クイーン・メアリー』でのカトリーヌは、豊富な人脈と毒薬を使い、目的のためなら他人の、そして自分の血を流すことも厭わない。そんなカトリーヌの悪女ぶりを調べてみた。

 

カトリーヌとアンリ2世の結婚

カトリーヌは、フィレンツェを支配した一族メディチ家の一員。メディチ家フィレンツェを拠点に金融業で財を成した。カトリーヌがアンリ2世と結婚したとき、夫には20歳年上の愛人ディアーヌ・ド・ポワティエがいた。

アンリが20歳の頃から愛人関係だったディアーヌは、年をとっても美貌が衰えない絶世の美女。一方カトリーヌは特に美しくなく、アンリはカトリーヌに見向きもしなかった。28歳で国王に即位したアンリは、即位式にディアーヌのイニシャルと紋章を縫い取った式服でのぞんだ。即位記念には高価な宝石類や城などを贈られたディアーヌに比べ、王室費が与えられただけのカトリーヌ。アンリからの愛情の差は歴然だった。

結婚から10年間子どもが生まれなかったことで一時は離婚危機ともなり、肩身の狭い思いをしていたカトリーヌだが、子どもが生まれてもその養育はディアーヌに任され、耐え忍ぶことばかりの結婚生活だっただろう。そのことが、自分の地位と大事な子供たちを守るために手段を選ばず、毒殺や暗殺を繰り返す冷徹な性格を助長したのかもしれない。

 

カトリーヌと毒薬

悪女と毒は相性がいい。ローマの暴君ネロの母で悪女として知られるアグリッピナも毒薬使いだったし、クレオパトラが蛇の毒で自殺したのは有名な話。

カトリーヌも毒薬使いだった。故郷イタリアは毒薬製造が発達していて、カトリーヌは結婚するときに、毒薬製造業者や占星術師や香料士を大勢連れてきたと言われている。

アンリ2世の即位についてもカトリーヌに絡む不穏な噂があった。アンリはフランス王フランソワ1世の次男でもともと王位継承者ではなかったが、兄が若くして変死したことで王位を継承した。この変死はカトリーヌが毒薬を使ったのではないかと囁かれた。

カトリーヌは手紙や手袋に毒をしみこませて相手を死に追いやったりもしたらしく、なんとも恐ろしい。『クイーン・メアリー』でカトリーヌは怪しげな薬瓶を部屋にたくさん置いていて、毒殺という手段をよく使っている。あれはドラマなので少し盛っているんじゃないのと思っていたのだけれど、もしかするとそうでもないのかも。

 

カトリーヌと誘惑部隊

『クイーン・メアリー』17話で登場した誘惑部隊は本当にあったらしい。

誘惑部隊とは、有力者を誘惑してベッドの中で諜報活動を行う一団のこと。カトリーヌは彼女らを使って政治機密をいち早くつかんでいた。

 

サン・バルテルミの虐殺(1572年)

カトリーヌが希代の悪女と言われるようになった最大の原因。

当時のフランスは新教と旧教(カトリック)が対立していた。この内乱状態はユグノー戦争(「ユグノー」はカルヴァン派に対するカトリック側からの侮蔑的な呼び方)と呼ばれ、1562年から1598年まで続いた。

フランス宮廷のヴァロワ家はカトリック(旧教)、敵対するユグノーの盟主はナヴァル公アンリ(後のフランス国王アンリ4世)だった。カトリーヌは、国内の旧教派と新教派を共存させようと、娘のマルグリット・ド・ヴァロワ(マルゴ)とナヴァル公アンリを結婚させることにした。結婚式に出席するため、新旧両派のフランスの貴族たちがパリに集まっていたところ、ユグノー派の中心的人物コリニー提督が狙撃され負傷する事件が起こった。

この狙撃はカトリーヌがかんでいた。息子シャルルがコリニーと親しくしており、ともにフランドル遠征を計画していたのだが、シャルルはカトリーヌにはその計画を話していなかった。カトリーヌがコリニー暗殺を決めたのは、息子を取られた思いから来る嫉妬だったのだろうか。

コリニーは一命をとりとめたが、2日後の深夜、寝込みを襲われ暗殺された。パリでは旧教徒が新教徒を多数殺害し、通りは新教徒の死体で埋った。暴動は地方にまで広がった。虐殺を主導したのはカトリーヌだと言われている。シャルルは、良心の呵責にさいなまれ、事件の2年後に亡くなった(カトリーヌに毒殺されたとも言われている)。

サン・バルテルミの事件以降、フランスの新旧両派の対立は激化した。

ユグノー戦争の終結は、シャルルの後王位についたアンリ3世が暗殺され(1589年)、ヴァロワ家が断絶した後、アンリ4世が王位についてブルボン朝を開いてからのこと。アンリ4世カトリックに改宗し、1598年にナントの王令を発布した。これは、新教徒に対し条件付きで信仰の自由を認めたものであり、ようやくユグノー戦争は終結した。

カトリーヌはその9年前に亡くなっている。

 

メアリーの故郷スコットランドの宗教対立については過去記事で書いています。

umisoma.hatenablog.com

 悪女カトリーヌ・ド・メディチ

 こうして見てみると、毒薬に色仕掛けに虐殺と、悪女の条件をそろえたカトリーヌ。『クイーン・メアリー』でのメアリーに対する仕打ちは相当ひどいけれど、大事なものを守るためなら自分の身を顧みない潔さや、何事にも動じない心臓の強さを持ってる彼女が私はちょっとうらやましくもあって、憎めないキャラクターなんだよな。

 

<参考文献>

世界悪女物語 (河出文庫 121B)

世界悪女物語 (河出文庫 121B)

 

  「世界悪女物語」 澁澤龍彦著 河出書房新社

メアリー・スチュアートエリザベス女王についての章もあります。澁澤龍彦氏だけあって、背徳の美が漂う。「物語」と題されているとおり、小説として読めます。

  

世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち (文春文庫)

世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち (文春文庫)

 

 世界悪女大全-淫乱で残虐で強欲な美人たち」 桐生操著 文春文庫

こちらもメアリー・スチュアートについての記述あり。カトリーヌの娘で淫乱な悪女として知られる王妃マルゴについても書かれています。母とはまた違うタイプの悪女なのね。