糸をほぐす

頭の中のからまった糸をほぐすように、文章を書いています。

『カルテット』STORY5 夢と現実とプライド

夢に裏切られた経験がある人には、第5話はかなりしんどかったんじゃないかと思う。しんどい話だった。

「あきらめきれない人たち」

成功している人から見れば、もう終わっているのだ。終わっている夢を、あきらめきれない人たち。

真紀さんもすずめちゃんも別府くんも家森さんもそれはわかっている。だから、音楽事務所のプロデューサーから演奏を褒められても、素直によろこぶことはしない。よろこんだ後、ああやっぱり違ったのだと、理想と現実との落差に気づいて崖の上から突き落とされるような落胆を、もう味わいたくないと思うから。

「悲しいより悲しいのは、ぬかよろこび」

何度も何度もぬかよろこびをしたことのある人にしか言えないだろう、真紀さんの言葉(第2話)。

でも4人なら。別府くんが3人に言う。

 「しばらくは、しばらくの間は、カルテットドーナツホールとしての夢を見ましょう」

そしてまた、夢に裏切られる。

4人に仕事が舞い込んだのは実力が認められたのではなく、世界的音楽家ファミリーの一員である別府くんの弟に頼まれたから。

それでも4人は、演奏者のプライドを捨てない。どんな衣装でも、ダンスをさせられても、ステージで演奏できればそれでいい。

けれどそれさえ砕かれる。ピアノ奏者の到着が遅れているというだけのことで。ピアノと一緒にリハーサルする時間がないから、音源を流して演奏するフリをすればいいと言われる。演奏しなくていいのなら、ステージに立つのは自分たちである必要はない。演奏者のプライドを砕かれた屈辱にすずめちゃんは涙を流す。

「いいよ。やる必要ないよ。こんな仕事やる必要ない。」

ほらねやっぱり、わかってた、だからぜんぜん何ともない。そんな顔をする家森さんに、真紀さんは言う。

「家森さん、やりましょう。ステージ立ちましょう」

演奏者である自分たちが、演奏をせずにステージに立つ。真紀さんはもう、とっくに壊れた夢と、何度も突きつけられてきた現実とともに、プライドさえ自ら踏みつけてもっと先へ進んで行く。

「これが私たちの実力なんだと思います。現実なんだと思います。そしたら、やってやりましょうよ。しっかり三流の自覚もって、社会人失格の自覚もって、精一杯全力出して、演奏してるフリしましょう。プロの仕事を、カルテットドーナツホールとしての夢を見せつけてやりましょう。」

1人の演奏者としてのプライドを超えた、カルテットドーナツホールとしてのプライド。志のある三流でもいい。4人のその覚悟が、路上で、通りすがりの観客にかこまれての演奏につながっていく。

 

嘘をつかない人なんていない。

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「みんな嘘つきでしょ」

そんなこと、有朱が口に出して言うまでもない。 

真紀さんは、もちろんそれを知っているはずだ。なぜなら、真紀さんは秘密を追う者としては誰よりその才能を発揮しているから。別府くんが九條さんの気持ちを利用して恋の相談をしていることを見抜いたり、家森さんには猛暑で離婚はしないと即座に突っ込み、すずめちゃんが別府くんを好きなことも、すずめちゃんの過去をつかまえたことについては言うまでもなく。

「すずめちゃんなんて、嘘が全然ない人だし」

なんて、だから真紀さんがすずめちゃんにかけた言葉の呪いではないかと思ってしまう。

言葉の呪いは人を束縛する。言われた相手は、その言葉に沿うような自分でいようとする。真紀さんに信じてもらえる自分でいたい。でも自分はそうじゃない。

真紀さんの呪いはすずめちゃんに涙を流させ、嘘という鎧を脱がせてしまった。

言葉の鎧も呪いも一切合切

脱いで剥いでもう一度

僕らが出会えたら

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 絶対の掟は、時間が不可逆だということだと思う。

  

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