糸をほぐす

頭の中のからまった糸をほぐすように、文章を書いています。

2025年、自分とどう向き合うか

あけましておめでとうございます。

2024年が終わり、2025年が静かに始まった。

 

2024年は、仕事もプライベートも、もう少し違う判断ができたんじゃないか、と反省の多い年だった。

その判断の余波から、まだ抜け出せずにいる新年。

 

昨日、『監察医 朝顔』の2025年新春スペシャルを見た。

朝顔や、大きくなったつぐみちゃんと会えて嬉しかったのだけれど、ドラマが始まったときから切なくて悲しくて。それは、朝顔の父親の平さんの死が待っていることがもう、伝わってきていたから。

死が近い父親。認知症で娘のことももうわからない、体も弱って他の人の手を借りなければ生きることもできない。それでも、少しでも長く生きていてほしい。

朝顔のそんな気持ちが伝わってきた。

 

10代や20代の頃は、俳優さんが1人の人を長く演じるドラマや映画を見ても、なんとも思わなかった。それはただのドラマであり他人事だった。

それがいつのまにか、自分の人生と重ねて見るようになっていた。

同時に、友達や同年代の有名人の人生(私が知っていることなどとても少ないことだけれど)も、振り返って見るようになっていた。それほど、来た道が長くなったということなんだろう。

 

年を取るにしたがって、自分に残された時間が少しずつ減っていくことを自覚するようになった。きっと、残された時間は、今まで生きてきた時間よりも少ない。

まだこれから挑戦したいことや目標もある。一足飛びにそこへは行けないけれど、少しずつ近づいていくことはできる。道をはずれなければ。

そのために、自分がどう生きていきたいのかを日々問い続けよう。2024年に反省して思ったことは、考えることをさぼらないことだ。

2025年、1日1日を大事に過ごそう。

よい年になりますように。