『SHERLOCK』それぞれの孤独
シャーロックとモリアーティの感じている孤独について考えていた。このドラマは、人の孤独についても描かれていると思う。
シャーロックとモリアーティ、知能の高い彼らにとって世界は退屈。自分を満足させるレベルのものに出会いたいという欲求を抱えている。モリアーティにとってそれはシャーロックだった。退屈な世界の中で出会えた自分と同じ人、なんてこれはもう運命の人だ。言うまでもなく。
S2E3『ライヘンバッハ・ヒーロー(The Reichenbach Fall)』、このエピソードでは"owe"という単語が出てくる。見ていてふと思ったのは、この"owe"はここではほとんど"love"と同じ意味なのではないか。love youとI owe you、並べて見ても似てる。
頭の中で単語を置きかえながら見てみると、221Bを訪れたモリアーティがシャーロックの目を見て言う
「I owe you. 」
はなんというまっすぐな告白。
赤いリンゴに書かれた
I O U.
はラブレターか。他の果物ではなくリンゴというところが、アダムとイヴの罪の果実やら島崎藤村の『初恋』やら(こちらは日本人だけでしょうが)を連想し、ロマンチックでありなんとなくエロティックですらある。
この"love"が恋愛感情なのかはさておき、広い意味での愛ではあるんだろう。
ジョンもシャーロックのお墓の前で、死んだ(と思っている)シャーロックに対して同じ単語を使っている。
「I was so alone.And I owe you so much.」
ここも"owe"を"love"に言いかえても違和感がなく、泣ける。
マーティン・フリーマンの演技はすばらしい。このお墓のシーンもそうだし、結婚式でシャーロックのスピーチに徐々に心が動かされていく様子も何度も見てしまう。何度見てもぐっと来る。
モリアーティはきっと惰性で生きていた。彼が携帯の着信音にしている『Stayin' Alive』はなんとか生きる側にいようという意志だったのかもしれない。生きるか死ぬか、どちらを選ぶべきなのか、がモリアーティのthe final probremだった気がする。それはシャーロックも同じだと彼は考えていた。
モリアーティに生きる理由を見つけてくれるとすればシャーロックしかいない。ヒーローには悪役が必要。シャーロックにはモリアーティが必要。モリアーティはシャーロックに必要とされたかった。
シャーロックが病院の屋上から飛び降りなければ、ジョン、ハドソン夫人、レストレードを殺すと言われ、シャーロックはモリアーティに3人を殺す命令を止めさせようとする。
「I may be on the side of angels,but don't think for one second that I am one of them.」
ここでのモリアーティの感情の動きがわからない。太陽の光のせいで後光がさしているようなシャーロックを見て何を考えたんだろう。
「You are me.Thank you,Sherlock Holmes.Bless you.」
結果的にシャーロックがモリアーティに渡したのは生きる理由ではなく、死ぬ理由だったのだと思う。モリアーティは計画を遂行するために自らの死が必要だと思った。最後の問題の答えをシャーロックが見つけてくれたことに対するThank youではないかと思う。
それにしてもこのシーンの2人、顔近いな(笑)。
シャーロックとモリアーティの大きな違いは、ジョンという存在がいること。
シャーロックには生きる理由がある。天使の側にいる理由もある。
彼が抱える孤独は、ジョンが離れていくことで大きくなる。モリアーティの孤独がひとりでいる孤独なら、シャーロックの孤独は一緒にいたい人が一緒にいない孤独。
他人と向き合って生きていきたいと思うなら、孤独とも向き合わなければいけない。相手の不在は、物理的にその人がいないことでもあるし、その人の心が自分向けられていないということでもある。
S3E1『空の霊柩車(The Empty Hearse)』、221Bでのシャーロックとマイクロフトの会話。
「I'm not lonely,Sherlock.」
と言うマイクロフトにシャーロックは
「How would you know?」
と問う。友達がいたことがないマイクロフトが本当の孤独を知るはずはないと言いたいのか。ひとりの孤独よりも、ジョンがいない孤独の方が深いと知ったシャーロックだから言えたことだ。
ところでこの会話、いつぞやのお返しだろう。あのとき
「Sex doesn't alarm me.」
と言ったシャーロックを
「How would you know?」
とマイクロフトは鼻で笑ったのだった。そのセリフをそのまま返すなんて、シャーロック、けっこう根に持ってたのね。
ついに日本でもシーズン4の放送が始まりました。続きが見たい、でも最後まで見てしまうのはやっぱりさびしい。
2017年3月、ロンドンのシャーロックホームズミュージアム前で撮影。